神戸地方裁判所 平成5年(ワ)77号 判決 1995年11月21日
原告
川内幸子
被告
藤原博規
ほか一名
主文
一 被告藤原博規は、原告に対し金一八二万七〇二八円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告住友海上火災保険株式会社は、原告に対し、金九四万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決の第一及び第二項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告藤原博規(以下「藤原」という。)は、原告に対し、五一一万六八六四円及びこれに対する平成二年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、二一七万円及びこれに対する平成五年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車に乗つて、交差点を横断中、被告所有、運転の普通乗用自動車に跳ね飛ばされ、傷害を負い、後遺障害が残つたとして、被告藤原に対し自賠法三条及び民法七〇九条により損害賠償を求め、また被告会社に対し自賠法一六条により損害賠償金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成二年一一月一六日午前七時三〇分ころ
(二) 場所 神戸市中央区割塚通五丁目二番一一号付近交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 被告藤原所有、運転の普通乗用自動車(神戸五四た九〇七九、以下「被告車」という。)
(四) 被害車 原告操縦の自転車(以下「原告車」という。)
(五) 態様 原告車と被告車とが衝突し、原告が転倒した。
2 責任
(一) 被告藤原
被告藤原は、被告車の保有者である。また、本件事故は、被告藤原が前方注視義務を怠つたことも原因として発生した。
従つて、被告藤原は、自賠法三条及び民法七〇九条により、本件事故により原告が受けた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告会社
被告藤原は、本件事故当時、被告車につき、被告会社との間で、自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。
被告藤原が自賠法三条により本件事故につき損害賠償責任があるから、被告会社は、原告に対し、自賠法一六条により自賠責保険金額の限度において損害賠償額の支払をする責任がある。
3 損害の填補
原告は、被告藤原から休業損害の賠償として一五万円の支払を受けた。
二 争点
1 原告の負傷及び後遺障害の有無、程度
原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅰ型、右顔面挫創、両手・両膝、左足挫創、右帽状腱膜下血腫、頸椎捻挫、右眼球打撲の傷害を受け、平成二年一一月一六日から同年一二月二〇日まで入院し、同月二一日から平成三年一月三一日まで通院し、同日症状固定したが、顔面の右頬部に長さ六センチメートル、幅二センチメートルの着色醜状盤痕が残り、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表七級(以下、単に「何級」とのみ略称する。)に、少なくとも一二級に該当する旨主張する。
被告らは、原告主張の傷害の発生、特に後遺障害は発生していない旨主張する。
2 過失相殺
3 原告の損害額
第三争点に対する判断
一 原告の負傷及び後遺障害の有無、程度について
1 証拠(甲二ないし四、七、八、一〇の一、2、検甲四、五の1、2、六、七の1ないし3、乙B一、証人川内吉正、同浜田忠司、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故直後、神鋼病院に搬送されて診察を受け、しかるべき処置を受けたうえ、同日に井上病院に移り、頭部外傷Ⅰ型、右顔面挫創、両手・両膝、左足挫創、右帽状鍵膜下血腫、頸椎捻挫、右眼球打撲との診断を受け、同年一二月二〇日までの三五日間、入院治療を続け、同月二一日から平成三年一月三一日まで通院治療(実治療日数一二日)を受け、同日ころ、症状が固定した。
(二) 原告は、本件事故直後、気を失い、少しして気がついたが、右顔面に痛みを感じ、その後同部分が腫れ上がつた。
原告は、井上病院で、顔面の治療を受けたが、右顔面の頬骨あたりから右耳の付根あたりにかけて長さ六センチメートル、幅二センチメートル位の目につく痣が残つた。右痣は本件事故前にはなかつた。
(三) 原告は、平成三年一月三一日に井上昌医師の診断を受け、顔面、右頬部に着色醜状瘢痕が残つたとする自賠責保険後遺障害診断書(甲四)を作成してもらい、自賠責保険金の請求をした。
しかし、同保険の担当者は、原告の傷害は右眼上部の擦過傷であり、治療経過、内容等からも外傷により生じたとする右頬部の色素班様状態については本件外傷との相当因果関係は認め難く、自賠法施行令の規定に該当する後遺障害はないと判断して、右請求を受け入れなかつた。
2 右認定によれば、自賠責保険の査定では非該当と判断されたが、原告の右頬部の色素班様状態は、目につく、相当大きな痣で、本件事故前にはなかつたというべきであるから、少なくとも、女子の外貌に醜状を残すものとして一二級一四号に該当するといわざるをえない。
なお、原告主張の七級に該当することを認めるに足りる証拠はない。
二 過失相殺について
1 証拠(甲九、検甲一ないし三、乙A一の一ないし8、二、証人川内吉正、原告及び被告各本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められ、甲九の記載も右認定を左右しない。
(一) 本件交差点は、信号機により交通整理が行われており、その東西道路は中央分離帯(幅員が二メートル)があり、片側四車線(幅員が一三・五メートルと一三・四メートル)で合計八車線あり、南北道路の北側の幅員は八メートルで、南側の幅員は六・八メートルである。
また、車道の両脇には歩道(北側の幅員が三・五メートル、南側の幅員が三メートル)が設置されており、本件交差点の南北道路用の停止線は右歩道のさらに数メートル手前にある。
本件交差点の本件事故当時の信号機のサイクルは、南北車両用の信号機の黄色表示が四秒続いて、赤色表示になり、その後三秒して、東西道路の車両用信号機が青色表示になつていた。
(二) 原告は、本件事故直前、通勤のため、原告車を操縦し、右南北道路を南進し、本件交差点の手前付近で、対面信号機(車両用)が黄色表示であることを確認して、本件交差点を横断できると考え、その後は前方左右の確認をしないで、普通の速度で、同交差点の中央より少し西寄り部分を南進し続け、被告車と衝突した。
原告は、本件交差点の手前付近で被告車が停止していたことに気づいていたが、その後は前方左右の確認をしなかつたため、衝突するまで被告車に全く気がつかなかつた。
(三) 被告は、本件事故直前、通勤のため、被告車を運転し、右東西道路の一番中央分離帯に近い車線を北進し、対面信号機が黄色から赤色表示に変わるのを認め、本件交差点の手前に先頭で停止し、信号待ちをした。
そして、被告は、同信号機の表示が青色に変わつたことを確認し、左右の確認を十分にしないで発進し、九・四メートル進行した地点で、左方から南進して来る原告車を七・五メートル左前方に発見し、危険を感じて直ちに急ブレーキをかけたが、さらに五・五メートル進行した地点で同車の前部に被告車の左前部を衝突させた。
なお、本件事故当時、被告車のすぐ左側の車線に停車していた自動車は、発進して九・八メートル進行後、停止し、原告車との衝突を回避した。
2 右認定によれば、被告藤原が青色信号を確認して発進進行したことは明らかであるが、原告は、本件交差点の手前付近でその車両用対面信号機の表示が黄色であることを確認したが、その地点が同交差点(停止線)への進入後か、進入前であつたか、進入前であつた場合に進入時までも黄色表示であつたか、既に赤色表示に変わつていたかなど明確ではない。
結局、原告が、本件交差点に進入してから衝突するまで二〇メートル近い距離があるはずであるところを、普通の速度で進行したこと、自動車である被告車が発進し、九・四メートル進行してブレーキをかけ、さらに五・五メートル進行して衝突するまでに通常要する時間及び右信号機のサイクル等の前記認定を考慮しても、原告が本件交差点への進入時、原告の対面信号機の表示は黄色か赤色であつたとしかいえない。
そうすると、原告は、本件交差点手前付近で車両用対面信号機の表示が黄色であることを認識し、本件交差点進入時、黄色か赤色表示であつたが、安易に本件交差点を渡りきれるものと考えて同交差点に進入し、その後、前方左右の安全確認をしないで進行を続け、被告車と衝突するまで全く同車に気がつかなかつたのであるから、原告には信号無視の疑いが強く、少なくとも前方左右の確認義務の違反の程度は重大で、その過失の程度も誠に大きいといわざるをえない。
他方、被告は、対面信号機の表示が青色に変わつたとはいえ、その直後は左右から車両が進行して来る可能性があるのに、前方左右の確認が不十分であつたために、原告車の発見が遅れて本件事故の発生を招いたものであるから、やはり過失があるというべきである。
その他本件に現れた一切の諸事情を考慮のうえ、原告と被告の過失を対比すると、その割合は、原告が六割、被告が四割とみるのが相当である。
三 損害について
1 入院雑費(請求及び認容額・四万五五〇〇円)
原告が本件事故により三五日間入院したことは、前記のとおりであるところ、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから、原告主張の入院雑費は是認できる。
2 文書料(請求及び認容額・二万〇八六〇円)
証拠(甲六の一ないし3)によれば、原告は、本件事故により、文書料として合計二万〇八六〇円を支払つたことが認められる。
3 休業損害(請求額・三二万三二二二円) 三〇万六七二四円
証拠(甲五の1、2、証人浜田忠司、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、原告は、本件事故当時、五七才で、午前中、清掃関係の仕事をし、午後は料理店の従業員として勤務し、平成二年八月から一〇月までの収入合計が清掃関係の仕事により二一万六三八一円、料理店関係の仕事により三九万〇四四〇円を得ていたが、本件事故により三九日間休職し、その間四一〇〇円の支給を受けただけで、その余の支給は受けることができなかつたことが認められる。
原告は、本件事故当時の年収につき、平成二年賃金センサス女子労働者・学歴計の五五歳から五九歳までの賃金二九〇万九〇〇〇円の年収があつたと主張するところ、右認定によれば、原告の平成二年八月から一〇月までの三か月間の収入合計額が六〇万六八二一円で、これを四倍した一二か月分は二四二万七二八四円となり、これに賞与の支給が推測されることなどから、右主張は採用できる。
右認定によれば、原告は、本件事故により三九日間、休業し、その間に四一〇〇円しか給与の支給を受けなかつたから、その休業損害は、次のとおり三〇万六七二四円(円未満切捨、以下同)となる。
2,909,000÷365×39-4,100=306,724
4 逸失利益(請求額・一七七万七二八二円) 一二六万九四八七円
証拠(証人浜田忠司、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、原告は、本件事故後、本件事故前と同様の仕事に従事し、同様の給与の支給を受けていることがうかがわれる。
右認定及び前記認定によれば、原告は、本件事故後、収入が減少してはいないが、女子の外貌に醜状を残すものとして一二級一四号に該当する後遺障害が残つたこと、原告の仕事内容、年齢等を考慮すると、本件事故前と同様の給与を得るには相当の努力をしているものと推測され、少なくとも症状固定時から五年間、一〇パーセントの労働能力を喪失したとみるのが相当である。
そこで、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を求めると、次のとおり一二六万九四八七円となる。
2,909,000×0.10×4.364=1,269,487
5 慰謝料(請求及び認容額・二九〇万円)
原告の障害及び後遺障害の内容・程度及び入・通院期間その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、被告が本件事故によつて受けた精神的慰謝料は二九〇万円をもつて相当とする。
6 原告の前記損害額合計 四五四万二五七一円
7 過失相殺
本件事故につき、原告の過失が六割であることは前記のとおりであるから、前記損害合計の六割を減ずると、その後の損害金額は一八一万七〇二八円となる。
また、原告の後遺障害は一二級であるところ、本件事故当時の同級の後遺障害保険金は二一七万円であるから、これを過失相殺すると、その後の金額は八六万八〇〇〇円となる。
8 損害の填補
被告が原告に対し、本件事故による損害の填補として一五万円の支払をしていることは前記のとおりであるから、これを控除し、その後に原告が被告藤原に請求できる金額は、一六六万七〇二八円となる。
自賠責保険の制度の趣旨からして、被告会社に対する請求金額から右金員を控除するのは相当ではない。
なお、右一五万円以上に原告の請求に対応する損害の填補を認めるに足りる証拠はない。
9 弁護士費用(請求額・二〇万円)一六万円ないしは八万円
本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、被告藤原関係では一六万円、被告会社関係では八万円が相当である。
四 まとめ
以上によると、原告の請求は、被告藤原に対し損害賠償金一八二万七〇二八円及び右各金員に対する本件事故の日である平成二年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、被告会社に対し損害賠償金九四万八〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから(なお、右両債務は不真正連帯債務である。)、これらを認容し、その余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとする。
(裁判官 横田勝年)